FA権を行使し、日ハムから巨人に移籍した陽岱鋼(ようだいかん)選手。
日ハム時代には、中田翔選手と共に主力として活躍してきたスター選手です。
巨額の大型契約を組み、巨人に入団した陽岱鋼選手の年俸の推移を調べました。
陽岱鋼の年俸情報
陽岱鋼選手の年俸推移は以下の通りです。
年度 | 推定年俸 | 球団 |
2006年 | 1000万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2007年 | 1000万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2008年 | 1250万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2009年 | 1200万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2010年 | 1100万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2011年 | 2100万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2012年 | 4600万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2013年 | 9200万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2014年 | 1億8000万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2015年 | 1億8000万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2016年 | 1億6000万円 | 北海道日本ハムファイターズ |
2017年 | 3億円 | 読売ジャイアンツ |
2018年 | 3億円 | 読売ジャイアンツ |
2019年 | 3億円 | 読売ジャイアンツ |
陽岱鋼選手の最新の年俸は3億円です(2019年度)
陽岱鋼選手は台湾出身で、野球留学のために来日して福岡第一高校に進学。
福岡第一は、1974年の夏、1988年の春夏に甲子園出場経験がある高校です。
それ以降の出場経験はないため、陽岱鋼選手も甲子園を経験していません。
しかし、福岡大会での走攻守を併せ持った活躍が噂となり、その存在は瞬く間に広がったようです。
ドラフトでは1位指名を受けたほどなので、よほどの実力だったことが伺えますね。
1位指名をしたのは、ソフトバンクと日本ハム。(日ハムが交渉権を獲得)
本人は、ソフトバンクを希望していました。
その理由は、当時プロ野球選手の兄・陽耀勲(やんやおしゅん)さんがソフトバンクの選手だったからです。
陽耀勲さんは、現在台湾のラミゴに所属していますが、当時はソフトバンクの投手でした。
そんな兄と同じチームに入れなかったことに、かなり落胆したそうです。
しかし日ハムの熱心なアプローチによって、日ハムに入団することを決意します。
プロ入り後は、高校時代から守っていたショート、そしてサードの守備についていましたが、持ち前の強肩を活かしたいという球団側の要望で、4年目からは外野手にシフト。
ライト、そしてセンターの守備をこなし、レギュラーを不動のものとしていきました。
1番打者として主力となり、チームの日本一にも貢献した選手です。
日本一に輝いた2016年にはFA権を取得しましたが、本人は残留を希望。
ずっと日ハムで野球をやることを考えていたようです。
しかし、その気持ちとは裏腹に、球団側は残留には消極的な姿勢を見せます。
日ハムはシビアな経営で有名です。
若い選手を中心としたチーム作りに力を入れているため、主力選手であっても30歳が近づくと放出することは珍しくありません。
中日に移籍した谷元圭介投手の際にも、非情なトレードが行われました。
谷本投手の際も、経営面だけ見れば合理的ですが、あまりにも可哀想すぎると感じるやり方であることは否めません。
→ 【関連記事】谷元圭介(中日)の年俸の推移は?現在の最新の金額はいくら?
この球団の方針は、ファンも承知せざるを得ないことだそうです。
結果的にFA権を行使。
オリックス、楽天、巨人が名乗りを上げ、巨人と合意しました。
5年15億円(年3億円)という大型契約を結んでいます。
大きな期待をされて移籍した巨人での1年目。
シーズン中盤までは好調だったものの、終盤から成績不振に陥ると打率を一気に落としてしまいました。
また、2年目はデットボールの影響で長期離脱を予期なくされ、復帰後はスタメン出場の機会も減り、代打での役割が増えてきています。
ファンからは、「なぜ獲得した?」「出さないでほしい!」など厳しい意見も多く見られます。
現時点で「5年15億円」は、採算が合わない買い物だったと言われても仕方ない状況です。
年俸3億円は、4番打者・岡本和真選手とは比べ物にならない金額です。
→【関連記事】岡本和真(巨人)の年俸の推移は?現在の最新の金額はいくら?
ですから、陽岱鋼選手への風当たりは強いのも仕方がないことだと思います。
これからの巻き返しが絶対条件になる陽岱鋼選手。
試練の時期はしばらく続きそうです。
まとめ
・陽岱鋼選手の現在(2019年)の年俸は3億円
・最高額は3億円(2017年、2018年、2019年)